森見登美彦が綴る怪作『熱帯』雑感
15年程前のことだ。小学生であった僕は、身体が弱かったこともあり、“いじめ”を受けていた。
いじめにより、自尊心を持てずにいた年端もいかぬ少年の心を癒してくれたのは、親でも、友でもなく本だった。
図書室に一人で足繁く通っていた僕は同年代の子達が読んでいたちびくろサンボや、かいけつゾロリにはすこし冷めた目で見ており、高学年が読むような小説に手を出していた。
宮部みゆきの『ブレイブ・ストーリー』や森絵都の『カラフル』なんかをパラパラと流し見ては
「小説なんて難しいものを読んでいる僕はすごいんだ」と同級生達に対し、浅いマウントを心の中でとることで自己を保っていたものだ。
ある日、図書室の職員である艶やかな黒い髪をした女性から声を掛けられたことがある。よく本を借りていたから顔を覚えられたんだろう。
「この本、読んでみない?面白いよ」
彼女から渡された本はミヒャエル・エンデ著『はてしない物語』であった。
あかがね色の絹でできた装丁で、表には二匹の蛇が互いの尾を噛みウロボロスの輪が形成されている。
その輪の真ん中にははてしない物語と刻まれてる。
その表紙に取り憑かれたように魅せられた僕は、家に帰りなり日々の鬱憤をあてるが如く、貪るようにそれを読み耽った。酷く衝撃的な本であった。自分が小学生であることも、人間であることも忘れた。
自分と、他人と。
実在と、非実在と。
現実と、虚構と。
読み進めていく度に全てが混ざって、溶けて、自分が此処ではなく他の天体に実在しているような、妖美で魔術的な本であった。
自分が小説に嵌まったのは間違いなくこの本との出会いがきっかけであると思う。
前置きが長くなったが、本作を読了した後も“同じような”感覚に陥った。
本作もはてしない物語と同じく、所謂メタフィクション的な本だ。というよりは、小説についての小説とでも云うべきだろうか。
「この本を最後まで読んだ人間はいないんです」
誰も結末を知らない幻の小説『熱帯』を巡って物語が展開される本作『熱帯』。
熱帯の中に熱帯が存在しており、さらには作中の小説内の登場人物がまた別の物語を語って…と、話は物語の奥へ奥へと進んでいく。現実の境界が溶けていき、自分が果たして現実に存在してるのか、今もあの『熱帯』の中に自分が存在しているのではないかと疑心暗鬼に囚われる。
読後して尚、足場失ったかのような不安と焦燥に駆られる中、あの鮮やかな熱帯の風景を今でも思い浮かべることができる。
鮮やかな南の島の情景が目にちらついた。
眩しく光る白い砂浜、
暗い密林、
澄んだ海に浮かぶ不思議な島々。
頬に吹き付ける風の感触さえ思い出せそうな気がする。
見る物を魅了する濃密な構成と巧みに散りばめられた珠玉の技術がこの1冊に詰まってるとおもう。
森見登美彦が放つ平成最後の“怪作”としか云いようがない。
ほんと面白かったー!
また時間があるときノートを取りながら読み直します。次はフーガはユーガだ〜〜。